最高裁判所第三小法廷 昭和37年(し)50号 決定 1963年10月31日
主文
東京高等裁判所が昭和三七年八月二五日なした原決定並びに静岡簡易裁判所が同年八月一日なした控訴申立棄却決定はいずれもこれを取消す。
申立人の上訴権回復の請求を許容する。
理由
申立人本人竹内茂の特別抗告の趣意第一点は、違憲をいうが、実質は、単なる訴訟法違反の主張、同第二点は、違憲をいうが、原決定の如何なる点が如何なる理由で所論憲法の各条項に違反するかを具体的に示さないもの、同第三点は、原決定に対する論難でないことが明らかなものであるから、以上すべて適法な特別抗告の理由に当らない。
職権をもって調査するのに、本件は、第一審裁判所が、被告人(申立人をいう。以下同じ。)に対する有罪の判決を宣告し、被告人がこれに対して控訴を申立てたところ、同裁判所は、控訴提起期間経過後の申立であるとして決定でこれを棄却し、原裁判所は、右決定を相当としてこれを維持したものである。
記録によれば、本件公訴事実は、被告人が昭和三七年二月七日一方通行の道路において、前方道路の標識に注意し、一方通行の場所でないことを確認して運転すべき義務を怠りこれに気づかないで、その出口の方向から入口方向に第二種原動機付自転車を運転通行したとの事案であり、判決で右事実が認定された場合には、右は道路交通法一一九条二項、一項一号に該当し、所定の刑は罰金五万円以下であるから、然る以上被告人が公判期日に出頭しなければ、右被告事件につき判決を宣告することを許されないことは、刑訴二八五条、二八六条に照らし明らかであるのに、第一審裁判所は、この点を看過し、昭和三七年六月二六日の公判期日に被告人不出廷(弁護人の選任、出廷もない)のまま右公訴事実につき被告人に対する有罪の判決を宣告した上、刑訴規則二二二条による判決の通知を行い、該通知は同月二七日被告人に到達したことが認められる。
右の訴訟関係によれば、第一審判決は、その宣告手続における右の瑕疵に拘わらずその効力を妨げられることなく、これに対する上訴提起の期間は、右宣告の日から進行するものと解するほかない。
しかし、本件控訴申立書と題する書面をみるに、右は昭和三七年七月九日被告人により郵送されて同月一一日第一審裁判所に到達受理されたこと記録上明らかであり、本件第一審判決の宣告は同年六月二六日であり、その控訴提起期間の満了日は同年七月一〇日であるから右書面は本件控訴申立書としては期間経過後の不適法なものというほかない。けれども、右「控訴申立書」には、被告人が第一審判決宣告の翌日判決通知を受けた旨並びに右判決に不服を申立てるについては上訴権回復の請求に関する刑訴三六二条ないし三六五条をも理由とする旨の記載があるので、被告人の右申立書は、本来の控訴の申立のほかに、もし控訴申立書が法定の期間内に裁判所に到達しないときは、上訴権回復の請求をする旨の意思表示をも含むものと解することができる。してみれば、前示の如き事件の第一審判決宣告期日(昭和三七年六月二六日)に被告人の出廷しないまま第一審判決が宣告された後の右の如き時期に、右の如く上訴権回復の請求及び控訴申立の意思表示を含むと解される本件控訴申立書と題する書面を受理した以上は、第一審裁判所はこの上訴申立権回復請求が理由ありや否やについてもこれを審査しなければならない筋合である。よってこの点につき審査するに、被告人が第一審有罪判決の通知を受けたのはその宣告の翌日たる昭和三七年六月二七日であり、その通知が被告人に到達するまでは、前示の訴訟関係では、被告人自身又は代人の責に帰すべからざる事由によって上訴権の行使を妨げられていたものというべきであるから、その事由の止んだ六月二七日の翌日から起算して一四日目に当たる同年七月一一日には被告人は上訴権回復請求権を有していたものと解すべきである。それゆえ、右控訴申立書と題する書面は、本来の控訴申立としては不適法であるけれども、上訴権回復の請求としては適法要件を具備し且つ理由があること明らかであり、従って右書面による被告人の上訴権回復の請求はこれを許容すべきものといわねばならない。
されば、本件控訴を棄却した第一審裁判所の決定およびこれを維持した原決定には、審理不尽若しくは刑訴二八五条二項、二八六条、三六二条、三六三条の解釈を誤った違法があり、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認めるから、同四一一条一号によりこれを取り消すべきものとする。
よって同四三四条、四二六条二項により主文掲記の各決定を取消し、本件上訴権回復の請求を許容すべきものとし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊)